大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和60年(行ウ)14号 判決

原告 医療法人社団亮正会

被告 神奈川県地方労働委員会

参加人 総評全国一般労働組合神奈川地方連合川崎地域支部外一名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用及び参加によつて生じた費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が神労委昭和五九年(不)第一七号不当労働行為救済申立事件について昭和六〇年三月一日付けをもつてした命令を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告補助参加人総評全国一般労働組合神奈川地方連合川崎地域支部(以下「支部」という。)及び同総評全国一般労働組合神奈川地方連合川崎地域支部高津中央病院分会(以下「分会」という。又「支部」と「分会」を「組合」と総称する。)は、昭和五九年七月五日被告に対し、原告を被申立人として不当労働行為救済の申立て(以下「本件救済申立て」という。)をしたところ、被告は、昭和六〇年三月一日付けをもつて別紙のとおり救済命令(以下「本件命令」という。)を発し、同命令は同月二日原告に交付された。

2  しかしながら本件命令は、以下に述べるような事実誤認及び法令解釈の誤りを犯した違法があり、仮にそうでないとしても救済を求める利益のない申立てを許容した違法があるから取消さるべきものである。

(一) 事実誤認並びに法令解釈の誤りを犯した違法

(1) 一時金交渉及び一時金支給遅延の原因についての認定の誤り

(イ) 本件命令は、原告が「パートタイマー等の一時金に関して、専ら原告が決定する事項であると主張し、何ら具体的基準を示さず、話し合いの対象にしようとしない。」、「分会が到底妥結し得ないような状況を作り出し一時金の支給をおくらせた」と認定しているがこれは誤りである。

原告は、分会との団交においてはパートタイマーに対しても一時金を支給する旨述べ、その額については原告に委せるか現行契約どおりとするか等の案を出し、交渉を重ね、事務折衝も幾度かもつた結果原告と分会との間で「支給額は原告において別途決定する」との協定が成立したのである。

(ロ) 本件命令は「原告の意図は同意書をとることを通じて、原告の主張を受け入れる非組合員に対し先に一時金を支給することによつて分会に圧力をかけ、分会員を差別的に取り扱つて不利益を与え、もつて分会員の動揺を誘い組合の弱体化を図ろうとした」とするが、これは全くの事実誤認である。

原告においては就業規則により一時金は六月支給とされており、従業員のごく一部(全体の九パーセント)で構成されている分会との交渉が妥結しないからといつて非組合員への支給を遅らせなければならない理由はなく、早期支給を要望していた従業員の手前もあつて、原告は、やむをえず従業員に「同意書」を配付し、原告の支給額等に同意する旨の書面を提出した従業員に対して一時金の支給をなしたにすぎないのであつて、右措置は本件命令のいうように「分会に圧力をかけ、分会員を差別的に取り扱つて不利益を与え、もつて分会員の動揺を誘い組合の弱体化を図ろうとしたもの」ではない。

また本件命令は原告が故意に一部の分会員に対しても同意書を配付したと認定しているが、同意書が分会員の一部に配付になつた事情は、原告の再三の要求にも拘らず分会が組合員名簿を提出しないところから原告において分会所属者を正確に把握できず、そのため原告が分会員でないと判断して配付した者の中に分会員がいたというだけのことであつて、原告が分会員の一部に故意に同意書を配付したものではない。原告は後になつて同意書を提出した者のなかに分会員二名が含まれていることを知つたので組合の切り崩しというような支配介入との誤解を避けるため、右二名に対し提出した同意書の撤回を求めているのであつて、前記命令の認定は誤りである。

(二) 救済の利益を欠く申立てを許容した違法

原告は、昭和五九年八月七日横浜地方裁判所川崎支部での仮処分(同庁昭和五九年(ヨ)第一六九号事件)審尋期日において分会員である一般職員一三名と昭和五九年夏季一時金の支給問題に関する和解をし、夏季一時金を同月八日支給することで合意が成立したが、同時に和解条項に「債権者らはその余の申請を放棄する」との一項が加えられ、一時金支給とあわせ請求していた諸事項については分会は請求しないということで全面的解決をみたので原告は同月八日右分会員らに対し一時金を支給した。さらに、原告は、同月一六日分会との間で残る分会員一五名への夏季一時金支給問題につき協定をとりかわしたが、右協定中には遅延損害金、解決金その他分会が要求事項とした本件救済申立て費用等に関する条項は含まれることなく、ここに同問題は全面的な解決をみ、同月一七日右分会員らに対し一時金の支給をなした。従つて、右和解及び協定の成立によつて同問題の全面的解決をみた時点で本件救済申立てにおける救済の利益が消滅したのであるから、組合としては本件救済申立てを取り下げるべきであるのに、右和解及び協定に定められた一時金の支給を受けていながら、その後に「請求する救済の内容」を変更してまで本件救済申立てを維持するのは申立権ないし制度の濫用にあたり、労使間の信義則にも反する。

従つて組合の本件救済命令申立ては却下さるべきであるから、これをなさずして右申立てを認容した本件命令は違法として取消を免れない。

3  また本件救済命令の主文は、救済方法として不当であるから取消さるべきものである。すなわち

(一) 本件命令主文第一項について

前記の如く一時金支給問題は裁判所における和解及び組合との協定の成立によつて全面解決しているにもかかわらず、主文第一項は右和解や協定の趣旨を逸脱して遅延損害金の支払いという私法上の損害について救済を与えるものであるが、本来労働委員会による不当労働行為の救済は、不当労働行為を排除し、申立人をして不当労働行為がなかつたと同じ事実上の状態を回復させることを目的とするものであつて、申立人に対し不当労働行為による私法上の損害の救済を与えることを目的とするものではない。本件命令は救済命令制度の目的を逸脱したものであつて不当である。

(二) 同主文第二項について

組合は「請求する救済の内容」として、パートタイマー等の分会員に対する関係のみに限定して申立てているのにかかわらず命令は事実を曲げて過剰救済し、また分会に所属していない従業員に対し同意書を配付することを全面的に禁ずるという申立て外の事項についてまで救済を命じた不当なものである。

(三) 同主文第三項について

主文第三項は謝罪公告を命ずるものであるが、これは原状回復という不当労働行為救済の目的に反し、当事者以外の第三者にその内容を公表し、かつ原告の意思に反してその掲示を強要するもので、救済内容として不要かつ行き過ぎたものである。しかも、その文面はあたかも原告を犯罪者扱いするが如き文言であり、これを一週間もの間入口に掲示するような救済内容は、労使関係の継続的安定を害することはあれ益することは何らないものであり、全く不当なものである。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2及び3は争う。

三  被告の主張

被告が本件命令において不当労働行為と認定した理由は、別紙の命令書理由欄記載のとおりであり、同記載の事実認定及び判断は正当であるから本件命令は適法である。

四  補助参加人らの主張

1  原告は一時金問題は全面解決しその支給も済んでいると主張し、その根拠として一部の分会との間において和解が成立していること及び労使間協定が成立していることをあげているが、原告主張の和解調書においても協定書においても一時金の額及び支給方法についての合意があるだけで、一時金をめぐる原告による不当労働行為の取扱いに関する事項についての記載は一切ない。組合及び分会員らは、原告の一時金支給問題をめぐる違法行為によつて多大な損害を受けたところ、原告からいかなる形にせよ回復のための措置を受けたことはなく、これらの事項について原告が組合と交渉を持つたことも、なんらかの誠意を示したことも一切ない。しかして、組合がこれらの損害についての原告に対する権利を放棄したり、本件救済申立てを取り下げる旨の合意をした事実も存在しない。前記和解も原告が組合による本件救済申立ての取り下げを和解の前提条件とすることに固執したため分会員の一部についての和解とならざるをえなかつたものである。かように原告の不当労働行為により組合及び分会員が不利益を受け、これが原状回復のなされていない以上組合において救済の利益を有することは当然である。

2  原告は本件命令の救済方法を非難するが、被告たる労働委員会が原状回復のためどのような手段をとるかはその裁量に委ねられているのであり、原告の主張はその当不当をいうにすぎず、それだけからみても理由がない。殊に、被告が救済方法として私法上の遅延損害金と同額の損害が現実に分会員に発生していると解しその損害分を原告において支払う旨の救済をなすことにした(本件命令主文第一項)のは、まさに制度の趣旨・目的に照らし是認され、不合理でも濫用にあたるものでもなく、その裁量の範囲内の極めて妥当なものである。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  証人増元方の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができ、これらの認定を覆すに足る証拠はない。

1  原告は、肩書地において総合病院である高津中央病院(以下「病院」という。)、中央調剤薬局(以下「薬局」という。)及び高津看護専門学校を経営する医療法人であり、その従業員数は医師を除き約三三〇名(うち病院と薬局に約三二〇名)である。

2  支部は、昭和五五年一二月川崎地域労働組合の名称で結成された川崎市及びその周辺におけるいわゆる地域合同労働組合であるが、同五九年一一月一〇日総評全国一般労働組合神奈川地方連合(以下「本部」という。)に加盟し、現行の名称に変更した。

3  分会は、病院及び薬局の従業員により同五六年一月二五日川崎地域労働組合高津中央病院支部の名称で結成された支部の下部組織であり、支部の本部加盟に伴い現行の名称に変更したものであるが、その組合員数は本件審問終結時において別紙命令書別表記載の二八名である。

三  成立に争いがない甲第三、第四号証、同乙第二号証、第一三、第一四号証、第二二ないし第二四号証、第二六ないし第三一号証、第四一ないし第四四号証、第四七号証、第五〇号証及び同丙第八号証、証人増元方の証言(後記措信しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

1  支部は、昭和五九年六月一日原告に対し、昭和五九年夏季一時金支給に関する次の内容の要求書を提出した。

(一)  パートタイマーを除く全職員

(昭和59年度基本給+同業務手当)×2.6ケ月分

(二)  パートタイマー

昭和59年度時間給に基づいた予定月収×2.6ケ月分

(三)  その他の付属要求

(1) 支給対象者 昭和五九年五月一五日現在在籍者とすること。

(2) 支給方法  現金支給とすること。

(3) 成績査定をしないこと。

(4) 回答指定日を六月六日とし、団体交渉をもつて回答すること。

2  これに対し原告は、右要求書にいう六月六日の回答は無理であり、回答は六月一〇日過ぎになる旨を伝え、同月一二日分会に対し次の内容の回答書(以下「六月一二日の回答」という。)を交付し、団体交渉については改めて申し込んでもらいたい旨を伝えた。

(一)  医師、管理職及びパートタイマー、臨時職員を除く一般職員(以下「一般職員」という。)

(1) 支給率   (昭和59年度基本給+同業務手当)×2.3ケ月×出勤率

(2) 出勤率   算定期間内実出勤日数(休日出勤を除く)÷算定期間内所定就業日数(144日)

但し遅刻、早退、私用外出等は三回で欠勤一日、土曜日の欠勤も一日とする。

(3) 算定期間  昭和五八年一一月一六日から同五九年五月一五日まで

(4) 支給対象者 支給日現在在籍者

(5) 成績査定  成績査定を行うことを原則とするが、今回は、出勤率以外の査定は行わない。

(6) 支給予定日及び支給方法

イ 支給予定日 昭和五九年六月二〇日までに妥結調印された場合には、七月三日(火)とする。六月二一日以降妥結調印の場合は、妥結調印の日より二週間後とする。

ロ 支給方法  銀行振込

(二)  パートタイマー、臨時職員(以下「パートタイマー等」という。)

原告において、別途決定する。

3  分会と原告は同月一九日一時金問題について第一回の団体交渉を行つたが、その際分会は、六月一二日の回答は一般職員の支給率については一応評価できるが、パートタイマー等についてなお具体的な回答を示すよう要求した。これに対し原告は、パートタイマー等は雇用形態が異なり、個別に契約があるので、支給額については原告が別途決定することにしたい旨主張し、結局同日の団体交渉はパートタイマー等への一時金支給に関し進展をみないまま終了した。次いで原告と分会との第二回団体交渉は同月二五日開かれたが、分会は、一般職員については六月一二日の回答のとおりで良いが、パートタイマー等についての具体的な回答をして欲しい旨再度要求した。これに対し原告はパートタイマー等についての第二案として現行契約通りとしてもよい旨回答(以下「六月二五日の回答」という。)したので、分会がこれを検討することにして同日の団体交渉は終了した。そして翌二六日分会は原告に対し、第二案は支給基準が不明確であるとしてこれが受け入れを拒否する旨回答した。なお、分会は、同月二五日の第二回団体交渉及び同月二六日の第二案拒否回答の際一般職員への一時金についてパートタイマー等と分離した先行妥結を求めたところ、原告は分会の一括要求に基づき一括回答と交流を行つてきた経過があることを理由に分会の右要求を拒否した。

4  ところで原告は、同月二七日、分会の執行委員等分会員であることが明らかな一部の者を除いたパートタイマー等を含む全従業員に対し「お知らせ」と題する書面を交付した。右書面には、原告の提示する支給額等に同意する旨の同意書を同日午後五時までに提出した職員には七月六日に夏季一時金を支給するが、提出しない者には支給しない旨の記載がなされており、且つ、切り取り線で区切つた「同意書」も同じ用紙に印刷されてあつた(以下これを「同意書」という。)。そして原告は、同年六月二七日午後五時までに右同意書を提出した非組合員たる従業員へは同年七月六日夏季一時金を支給したが、同意書を提出した分会員二名に対しては個別に呼び出し、分会との団体交渉が妥結していないことを理由に提出した同意書の撤回を求め、且つこれが無効である旨を通告した。

5  一方分会は、同月四日原告に対し、一般職員に関しては六月一二日の回答に同意するがパートタイマー等についてはなお速かな具体的回答を求める旨の「同意申入書」を送付したところ、原告は、同年七月一〇日文書で、「夏季一時金問題は、分会の一括要求を基に一括妥結を前提にして交渉を継続してきた経過からして一般職員のみの分離妥結はできない。パートタイマー等に対する一時金については従前の回答以上に回答すべきものはない」との趣旨の回答をなし、さらに同月一二日の事務折衝においては、分会がパートタイマー等に関する要求を取り下げるならば一般職員について分離妥結が可能である旨を述べ、同月一五日には同旨の協定書案を提示して分会の調印を求めたが分会はこれを拒否した。

6  その間組合は、同月五日被告に対し、原告の一時金支給問題をめぐる交渉態度等を不当労働行為にあたるとして本件救済申立をし、同月一一日には一般職員である分会員のうち一四名が一時金の支払を求める仮処分を横浜地方裁判所川崎支部に申請した(昭和五九年(ヨ)第一六九号、以下「第一次仮処分」という。)。

7  ところが原告は、同月二四日本件救済申立事件の第一回調査期日において、同月六日に非組合員へ支給した一時金の支給基準は、一般職員については六月一二日の回答どおりであり、パートタイマー等については昭和五九年度時給及び契約時間に基づく予定月収に二・三を乗じたものに出勤率を乗じて得た額であつた旨を説明し分会員に対して差別扱いしないことを明らかにした。そこで分会は、同日、右支給基準を記載した協定書案を作成し、原告に対してこれによつて協定を結ぶよう求めたが、原告は、同月二六日、右協定書案の内容が従前の原告側の回答(六月一二日、六月二五日及び七月一二日の各回答)と相違しているとして協定締結を拒否した。

8  もつとも原告は、同月二七日横浜地裁川崎支部で行われた前記仮処分の審尋において、パートタイマー等について従前の回答にこだわらないとの態度をとつたので、これを受けて同年八月一日第三回団体交渉がもたれたが、原告は再度従前の回答に固執したため交渉は進展しなかつた。そこで分会は、分会員である残り一〇名の一般職員についても仮処分申請せざるをえないと判断し、同月三日右一〇名は横浜地裁川崎支部に一時金の支払を求める仮処分の申請をした(昭和五九年(ヨ)第一九二号、以下「第二次仮処分」という。)。

9  ところが原告は、同日行われた第一次仮処分の審尋においてふたたび態度を翻えし、原告の従前の回答に固執せず早期支給を目的として現金支給もありうるといつた発言をした。そこで同月六日改めて原告と分会との間で団体交渉がもたれたが、その際原告は「パートタイマー等に対する一時金は原告において別途決定する。(なお組合員であることを理由に、既に支給済みのパートタイマー、臨時職員の支給基準と差別することはない。)」との協定案を提示するとともに本件救済申立を取り下げる等を内容とする「確認書」をも併せて示し、これらに署名押印しなければ一時金は支給しないと主張した。これに対し分会は本件救済申立を取り下げるつもりはない旨を表明し協定は成立するに至らなかつた。もつとも、同日夕刻原告側の求めにより行われた事務折衝で、原告は前記「確認書」に対する署名押印は不要である旨の回答をしたが、翌七日の仮処分審尋では、原告において本件救済申立取り下げの「口頭約束」を要求したため原告と分会との間の一括和解は不能となり、第一次仮処分債権者一四名のうち一三名についてのみ和解が成立し、同月八日同人らに対し一時金が支給された(他一名については分会を脱退したため中途で仮処分申請は取り下げられている。)が、第二次仮処分債権者一〇名との間の和解は原告においてこれを拒否した。分会は、ここに至つては仮処分決定によつて一時金の支給を受けるしかないと考え、同月九日分会員であるパートタイマー等五名についても横浜地裁川崎支部に一時金の支払を求める仮処分申請(昭和五九年(ヨ)第二〇〇号)をした。

10  その後原告は、同月一四日分会に対し本件救済命令申立取り下げについての「口頭約束」も不要である旨通告したので、分会は原告の同年六月一二日提案(但し支給日は妥結調印後二週間以内とする)を受け入れることにし、同年八月一六日、右提案にそつた内容の協定書に調印がなされ、同月一七日分会員のうち未支給であつた一五名へ一時金が支給された。

以上の事実を認めることができる。証人増元方の供述中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

四  以上の認定事実によると、原告は昭和五九年夏季一時金の支給に関する分会の要求に対し、パートタイマー及び臨時職員を除く一般職員については支給率、算定期間、支給日、支給方法等につき具体的回答をなしながら、パートタイマー等については「原告において別途決定する」として具体的内容を回答せず、数次に及ぶ団体交渉等においても右態度を崩さず、結局パートタイマー等については原告の一方的裁量によつて支給額、支給方法等を決めようとして分会との交渉に誠実に応じず交渉の対象とすることを拒否したものであることは明らかであるから、原告の右行為は労組法七条二号に該当するものというべく、しかも原告は、分会が受け入れを表明した一般職員に関する一時金の分離解決を拒否しパートタイマー等に関する一時金問題との一括解決を主張し、さらには本件不当労働行為救済申立の取下げを差違え条件とするなどして分会を困惑させ、支給日の遅延と相まつて分会に圧力をかけこれを弱体化しようとしたものであることも明らかであるから、右行為もまた同法七条三号に該当するものである。また「同意書」の配付についても、その時期が原告と分会との交渉が行われていた最中であり、その内容が原告の提案に同意する者のみに早期に支給するというものであることに鑑みると、原告は、パートタイマー等に対する夏季一時金支給を一方的裁量により行うとの方針を貫くために分会員に心理的に圧力をかけて動揺させ、ひいては組合を弱体化しようとしたものであることは明らかであるから、原告の右行為もまた同法七条一号及び三号に該当する不当労働行為というべきである。

よつて原告が不誠実な団体交渉等によつて分会員に対する夏季一時金の支給を遅滞させたこと及び従業員に対し同意書を配付することにより組合の運営に支配介入したことを認定し、これを不当労働行為に該ると判断した被告の命令には、事実誤認及び判断の誤りの違法はない。

五  前掲乙第二号証によると、組合は、申立の当初より救済を求める内容として分会員に対する夏季一時金及びこれに対する非組合員に支給した日以後の年六分による遅延損害金の支払を求めているものであつて、原告主張の和解並びに協定成立後あらためて追加申立てしたものでないことは明らかである。而して前掲乙第五号証によると、組合は、前記和解並びに協定の成立により夏季一時金の支給を受けたのでこの支払を求めた申立を取下げ、遅延損害金の支払申立を残したものであることが認められるところ、和解調書である前掲乙第二六号証及び協定書である同乙第三〇号証をみても、分会員において私法上の権利である遅延損害金債権を放棄したと認めることのできる条項は存左せず、かえつて前記認定事実によると、原告は和解及び協定の前提条件として組合が本件救済命令を取下げることを主張していたが、組合の応ずるところとならなかつたのでこれを条件からはずし和解及び協定に応じたものであることが明らかである。

従つて原告は、組合の被つた不利益の回復としての遅延損害金の支払を求める申立がそのまま維持されることのあることを承知の上で和解及び協定に応じたものということができるから、組合が右和解及び協定成立後も右申立を維持することは、その被つた不利益が回復されていない以上正当であつて、これを申立権又は申立制度の濫用ないしは信義則違反として却下さるべきいわれはない。

本件命令には、組合による申立を却下すべきであるのにこれを許容した違法があるから、本件命令は、取消さるべきである、との原告の主張は採用の限りでない。

六  本件救済命令の妥当性について判断する。

1  主文第一項について

原告は、主文第一項をもつて組合ないし組合員に私法上の損害の救済を与えるものであるから救済命令制度の目的を逸脱すると主張する。

もとより労働委員会の救済命令は、使用者の不当労働行為によつて被つた労働組合ないしは労働者の不利益を除去しこれを原状に回復することを目的とするものであつて、労働組合もしくは労働者の私法上の権利を形成しないしはこれを実現させるものではない。しかしながら本件救済命令申立は、一時金交渉における原告の不誠実な交渉態度等により分会員に対する一時金支給が遅れたことに対しその救済を求めるものであるところ、申立の一つの目的としていた夏季一時金が右申立後支給されたことによりこれを受け得られない不利益状態は解消されたけれども、原告の不当労働行為により支給が遅れた不利益は一時金の支給のみでは回復され得ないものであるから、被告は、その不利益を一時金の支給が遅れた期間中の支給一時金額に対する年五分の割合による遅延損害金に相当する額であると判断して、これが不利益の原状回復として主文第一項の命令を発したものであることは命令の主文及び理由から明らかであつて、私法上の義務の履行としての損害賠償を命じたものではないというべきである。

よつて、右命令は被告に認められた合理的裁量の範囲内にとどまるものであつて相当として是認することができる。

2  主文第二項について

右に関する原告の主張は必ずしも明確ではないが、善解するところ要するに「同意書」配付の禁止という組合が救済を求めていない事項についてまで救済を命じていること、特に組合員以外の従業員に対する「同意書」配付まで禁止するのは不当であるという趣旨のようである。

確かに前掲乙第二、第五号証によると、組合が本件救済命令申立において「救済の内容」として掲げているものには「同意書」の配付に関するものは存在しないが、申立書の「不当労働行為を構成する事実」の中には、原告の不当労働行為として原告が「同意書」を従業員に配付して分会員の動揺を図つた旨を主張し、これが労組法七条三号に該当する支配介入行為であるとしてこれらの不当労働行為よりの救済を求めていることは申立の全趣旨よりして容易に理解できるから、被告が右事実の存在を認めその行為が労組法七条一号及び三号の不当労働行為に該当すると判断した場合、原告の夏季一時金支給にかかわる一連の不当労働行為から組合を救済する方法として「同意書」を配付して組合運営に介入してはならない旨命ずることは、申立てない事項について救済命令を発したものとすることはできないところであり、また禁ぜられた「同意書」配付の対象者が組合員のみならず非組合員をも含めた全従業員であることは単に「従業員に」とあることから容易に理解できるところであるが、前掲乙第一号証の命令書の「理由」から明らかなように、被告は原告が「同意書」を組合員のみならず非組合員に配付したことが組合運営に対する支配介入にあたると判断したのであるから、主文において原告が従業員に対して「同意書」を配付する方法での支配介入を禁じたことは当然のことであつて、何らの不当もない。

3  主文第三項について

いわゆるポストノーテイスが良心の自由との関係で問題をはらんでいないわけではないが、本件のポストノーテイスは誓約書と題し「当社団はここに深く反省するとともに今後再びかかる行為を繰り返さないことを誓約します」というものであつて、原告のした前示認定の不当労働行為の態様からみると、組合の受けた不利益の回復方法としては右程度の誓約文の一週間の掲示は相当であって、行き過ぎということはできず、被告に認められた裁量権を著しく逸脱した違法はない。

七  よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用及び補助参加によつて生じた費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安國種彦 山野井勇作 小池喜彦)

(別紙)

命令書

(神奈川地労委昭和五九年(不)第一七号 昭和六〇年三月一日命令)

申立人 総評全国一般労働組合神奈川地方連合川崎地域支部外一名

被申立人 医療法人社団亮正会

主文

1 被申立人は、別表〈省略〉に掲げる申立人総評全国一般労働組合神奈川地方連合川崎地域支部高津中央病院分会の分会員に対し、昭和五九年度夏期一時金の支給が、非組合員への一時金の支給に比し遅延した期間について、各分会員への支給済一時金額に、年五分の割合を乗じて算出した額の金員を支払わなければならない。

2 被申立人は、申立人分会との一時金交渉を不当に遅延させ、申立人分会を無視して従業員に「同意書」を配布することにより申立人らの組合の運営に支配介入してはならない。

3 被申立人は、本命令受領後、速やかに下記の文言を縦一メートル、横二メートルの白色木板に揩書で墨書し、被申立人の経営する病院の二号館入口附近の従業員の見易い位置に、毀損することなく一週間掲示しなければならない。

誓約書

当社団が行つた次の行為は、神奈川県地方労働委員会により不当労働行為と認定されました。当社団は、ここに深く反省するとともに今後、再びかかる行為を繰り返さないことを誓約します。

(1) 昭和五九年度夏期一時金交渉において、貴分会の分会員であるパートタイマー、臨時職員について誠実な対応をせず、交渉の妥結を遅延させたこと。

(2) 前記交渉の最中に従業員に「同意書」を配布し、これを提出した非組合員のみに夏期一時金を先に支給したこと。

昭和  年  月  日

総評全国一般労働組合

神奈川地方連合川崎地域支部

執行委員長 上野久雄殿

総評全国一般労働組合神奈川地方連合

川崎地域支部高津中央病院分会

執行委員長 関山進殿

医療法人社団亮正会

理事長 加藤信夫

理由

第1認定した事実

1 当事者

(1) 被申立人医療法人社団亮正会(以下「社団」という。)は肩書地において、総合高津中央病院(以下「病院」という。)、中央調剤薬局(以下「薬局」という。)及び高津看護専門学校を経営しており、従業員数は医師を除き約三六〇名(うち病院と薬局で約三五〇名)である。

(2) 申立人総評全国一般労働組合神奈川地方連合川崎地域支部(以下「支部」という。)は、川崎市及びその周辺におけるいわゆる地域合同労働組合であつて、申立て時の組合員数は約七〇名である。なお、支部は、申立て時には川崎地域労働組合と称していたが、昭和五九年一一月一〇日、総評全国一般労働組合神奈川地方連合に加盟し、頭書の名称に変更したものである。

(3) 申立人総評全国一般労働組合神奈川地方連合川崎地域支部高津中央病院分会(以下「分会」という。)は、病院及び薬局の従業員により昭和五六年一月二五日結成された労働組合で、前記(2)の総評全国一般労働組合神奈川地方連合川崎地域支部の分会の一となつており、組合員数は結成の初期では、一時二〇〇名を超えていたが、その後組合員数は減少し、申立て時には二九名(うちパートタイマー四名、臨時職員一名)となつている。なお分会は本件申立て時には川崎地域労働組合高津中央病院支部と称していたが、前記(2)のとおり本部が総評全国一般労働組合神奈川地方連合に加盟したことに伴い、頭書の名称に変更されたものである。

2 本件発生前の労使紛争

(1) 支部及び分会は社団との間における不当労働行為事件につき、これまで次のとおり当委員会へ救済申立てを行い、既に次のとおり和解が成立し、または命令が発せられている。

ア 昭和五七年七月一六日、二―八体制の労働協約実施に関する団体交渉応諾を求めて申立て(昭和五七年(不)第二三号)があつたが、団体交渉により処理していくことについて自主和解が成立し、同年八月二三日取り下げられた。

イ 昭和五七年一二月二〇日、昭和五七年度冬期一時金の支給、当該一時金要求に係るストライキ参加者に対する「警告並びに通告書」の撤回及び謝罪文の交付、組合脱退工作の禁止、ポストノーチスを求めて申立て(昭和五七年(不)第四八号)があり、そのうち一時金の支給自体は当委員会の調停により、同月二五日協定が成立し、昭和五九年一月八日に取り下げられ、その他の請求事項に対し、昭和五八年九月一六日、救済命令が発せられたが、社団から再審査が申し立てられ、現在係争中である。

ウ 昭和五八年一月二一日、分会員である助産婦一名の定年退職後の再雇用をめぐり、原職復帰とバツクペイ及び誓約書の手交とポストノーチスを求める申立て(昭和五八年(不)第二号)があり、昭和五八年九月一六日、前記イと併せ救済命令が発せられたが、社団から再審査が申し立てられ、現在係争中である。

(2) 昭和五八年度春の賃上げ交渉の妥結が遅れた結果、昭和五八年度夏期一時金は昭和五八年一二月中旬になつて分会員に支給された。なお、この一時金の支払を求めて分会員約七〇名は横浜地方裁判所へ仮処分の申請を行つたがこれは却下されている。

3 昭和五九年度夏期一時金の交渉の経緯

昭和五九年度夏期一時金(以下「一時金」という。)について、昭和五九年六月一日、分会が社団に要求書を提出し、団体交渉を申し入れてから、昭和五九年八月一六日協定が成立するまでの間の、社団と分会の交渉経過の概要は次のとおりである。

(1) 分会の要求書提出から非組合員へ一時金を支給するまでの経過

ア 一時金について、分会は六月一日、次の内容の要求書を社団へ提出した。

「1 パートタイマーを除く全職員

(昭和五九年度基本給+同業務手当)×二・六ケ月分

2 パートタイマー

昭和五九年度時間給に基づいた予定月収×二・六ケ月分

3 その他の付属要求

a 支給対象者 昭和五九年五月一五日現在在籍者とすること。

b 支給方法  現金支給とすること。

c 成績査定をしないこと。

d 回答指定日を六月六日とし、団体交渉をもつて回答すること。」

イ 六月一二日、社団はこの分会の要求に対して、次のとおり文書により回答(以下「六月一二日の回答」という。)したが、団体交渉は行われなかつた。

「1 医師、管理職及びパートタイマー、臨時職員を除く一般職員

(1) 支給率   (昭和59年度基本給+同業務手当)×2.3ケ月×出勤率

(2) 出勤率   算定期間内実出勤日数(休日出勤を除く)/算定期間内所定就業日数(144日)

但し遅刻、早退、私用外出等は三回で欠勤一日、土曜日の欠勤も一日とします。

(3) 算定期間  自昭和五八年一一月一六日

至昭和五九年五月一五日

(4) 支給対象者 支給日現在在籍者

(5) 成績査定  成績査定は行うことを原則としますが、今回は、出勤率以外の査定は行いません。

(6) 支給予定日及び支給方法

イ 支給予定日 昭和五九年六月二〇日までに妥結調印された場合には、七月三日(火)とします。六月二一日以降妥結調印の場合は、妥結調印の日より二週間後とします。

ロ 支給方法  銀行振込とします。

2 パートタイマー、臨時職員

社団において、別途決定します。」

ウ 六月一九日、分会の申入れで開催された第一回の団体交渉において、分会は、六月一二日の回答について、一般職員(医師、管理職、パートタイマー及び臨時職員を除く一般職員をいう。以下同じ。)の支給率そのものは可としながらも、パートタイマー等(パートタイマー及び臨時職員をいう。以下同じ。)については、具体性がなく回答ではないと主張し、パートタイマー等の取扱いが、この交渉の中心となつた。

これに対して社団は、パートタイマー等は「雇用形態が異ること、また、個別に契約があるので、社団において別途決定する。」、「六月一二日の回答そのものが回答である。」との説明に終始し、双方の意見は対立したままで、この日の団体交渉は終了した。分会は席上二、三日以内に団体交渉を開催するよう口頭で申し入れた。

エ 六月二五日に開催された第二回団体交渉において、社団は、パートタイマー等について「社団において、別途決定する。」が回答にならないというのなら、「現行契約通り。」としてもよい旨を文書により回答(以下「六月二五日の回答」という。)した。

分会は、これに対する態度を保留したが、翌二六日の事務折衝において、支給基準が不明確であるとし、これを拒否する一方、前日の団体交渉に引き続き、再度一般職員についてのみ六月一二日の回答の支給基準によりパートタイマー等に先行して妥結できないかを質問したが、これに対し社団は分会の一括要求に基づき、一括回答と交渉を行つてきた経過があることを理由として、拒否の回答を行つた。

オ 六月二七日、社団は次の書面(以下「同意書」という。)を分会の執行委員(うち一名はパートタイマー等)やこの件の団体交渉に出席している者など、分会員であることが明らかな一部の者を除いて、パートタイマー等を含む全従業員に配布し、同意する者は同日午後五時までに記名押印し提出するよう求めた。

「昭和五九年六月二七日

職員各位

医療法人社団亮正会

理事長 加藤信夫

お知らせ

職員の皆さん、日夜、病院及びその関連業務に精励され感謝しています。

さて、今年も夏季賞与の季節となりました。現在組合との間で団体交渉も経て、すでに回答書も手交していますが、未だに妥結に至つておりません。しかしながら賞与は時期的なものであり、亮正会は昭和五九年度夏季賞与を七月六日(金)に支給します。

支給にあたり同意される職員の方は、下記同意書を本日午後五時迄に、所属長に提出下さい。提出のない方には支給できません。

以上

………………………………………切り離さないで下さい…………………………………………………………………………

昭和五九年六月二七日

医療法人社団亮正会

理事長 加藤信夫 殿

同意書

昭和五九年度夏季賞与について、私は亮正会の支給額等に同意します。

所属

氏名        印」

分会員のうち一部の者も同意書を提出したが、社団はそれらの分会員に対しては、後に、個別に呼び出したうえ、分会との団体交渉が妥結していないので、同意書を撤回するようにと要請するとともに、その無効であることを通告した。

カ これらの社団の措置に対し、分会は、六月二七日、口頭で抗議するとともに、七月四日には一般職員のみの分離妥結を申し入れる次の書面を社団に送付した。

なお、夏期一時金の支給時期はパートタイマー就業規則では六月とされており、概ねその時期に支給されてきた。

「一九八四年七月四日

医療法人社団亮正会

理事長 加藤信夫殿

川崎地域労働組合高津中央病院

支部

委員長 大渕百合子

同意書申入書

当支部からの八四年度夏期一時金要求について貴社団から回答がありました医師、管理職及びパートタイマー、臨時職員を除く一般職員に関し、貴社団昭和五九年六月一二日付回答書記載の回答内容によつて支給されることについて同意します。

なお、支給予定日については当然のことながら非組合員と差別取扱を行なうことのないよう御注意下さい。

パートタイマー、臨時職員については、六月二一日付申入書、六月一九日及び六月二五日の団体交渉でも再三再四回答されるよう強く申し入れているにもかかわらず、いまだ具体的回答がなく当支部として検討、同意の仕様がありません。ここに改めて当支部の夏期一時金要求に対する回答を速やかになされるよう要求します。」

キ 更に、分会は社団による七月六日の非組合員への一時金支給が予定される中で、七月五日、〈1〉一時金について、分会員のうちパートタイマー等は社団の別途決定に応ずることを条件とせず、分会員全員に直ちに、非組合員に対して支給した計算式により算定した金額とそれに対する年六分の金員を附加して支給すること〈2〉〈1〉による支給にかかわらずパートタイマー等の一時金について誠実に団交に応じること〈3〉パートタイマー等の一時金について(ア)支部要求に対して回答を拒否したり、(イ)パートタイマーであることを理由に申立人らの団体交渉権を否認したり(ウ)社団の別途決定に応じないことを理由に分会員全員に一時金を支給しないなどの手段を使つて分会員を動揺させ、申立人らの弱体化を図り、もつて組合の運営に支配介入してはならないこと並びに〈4〉〈2〉及び〈3〉の趣旨を内容とする謝罪文の掲示を請求事項とする不当労働行為救済申立てをした。

ク 七月六日、社団は同意書を提出した非組合員に一時金を支給した。

(2) 非組合員への一時金支給後における社団と分会の交渉

ア 七月一〇日、社団は前記3の(1)のカの分会の「同意申入書」に対する回答を文書で行つた。この回答において社団は六月一二日及び六月二五日の回答は分会の一括要求に対する一括審議を経て、社団として一括回答をしたものであり、その後の交渉も一括妥結を前提として行われてきた経過からして、一部項目(一般職員)のみの同意では、同意ないし妥結とはなり得ないとし、またパートタイマー等についても六月一二日及び六月二五日の回答は明確な「回答そのもの」であり、現に昭和五九年六月一日付けの昭和五九年度昇給に関する協定書において、パートタイマーの時給については、「現行契約通りとする。」との文言による協定締結の実績もあり、分会において、これに同意できない理由はないとして、速やかに妥結するよう求めた。

イ 七月一一日、一般職員である分会員のうち一四名は、一時金の支払を求める仮処分を横浜地方裁判所川崎支部に申請した(事件番号昭和五九年(ヨ)第一六九号)。

ウ 七月一二日開催された事務折衝において、社団は、前記アの社団回答について説明するとともに、一般職員についてのみ分離妥結するとの同意申入れに対しては、パートタイマー等については、「組合は要求を取り下げる。」旨を「協定書」に記載するなら受諾できるとの対案を回答(以下「七月一二日の回答」という。)し、七月一五日には、その趣旨による「協定書」を提示して分会の調印を求めた。分会は、この「協定書」は文言自体に疑義が多いとして拒否した。

エ 七月二四日、本件救済申立て事件の当委員会第一回調査が行われ、席上社団側から、パートタイマー等について〈1〉七月六日に非組合員へ支給した際の一時金の支給基準は、昭和五九年度時間給及び契約時間に基づく予定月収に二・三を乗じたものに出勤率を乗じて得た額であつたこと〈2〉分会員についても差別しない旨が明らかにされた(非組合員である一般職員については六月一二日の回答と同一であることが示された。)。

分会は、このことによつてパートタイマー等についても一時金支給基準が明らかになつたとして、同日この基準を記載した「協定書」を付して、社団の調印を求める「申入書」を社団へ送付した。

オ 七月二六日、社団は前記エの分会の「申入書」に対する「回答並びに通知書」を送付し、分会申入れの「協定書」の内容は、従前の「社団回答と相違している」とし、社団回答による団体交渉なら応ずる用意がある旨を通知した。

カ これを受けて八月一日に開催された第三回団体交渉において、社団は、従前の六月一二日、六月二五日、七月一二日の対応に固執し、交渉は物別れに終つた。

キ 八月三日、分会員である一般職員一〇名は、横浜地方裁判所川崎支部に対し、一時金の支払を求める仮処分の申請をした(事件番号昭和五九年(ヨ)第一九二号)。

ク 八月六日開催された第四回団体交渉において、社団は、パートタイマー等について「社団において別途決定する。(なお、組合員であることを理由に、既に支給済みのパートタイマー、臨時職員の支給基準と差別することはない。)」旨の協定内容と「本件申立てを取り下げる」旨の「確認書」の提出とを一体とした提案(以下「八月六日の回答」という。)を行つた。

なお、この団体交渉の終了後に行われた事務折衝において、社団は前記「確認書」は不要である旨を回答したものの、翌日行われた横浜地方裁判所川崎支部における仮処分事件に係る審尋では、申立て取下げの「口頭約束」を要求(以下「八月七日の回答」という。)したため、一括和解は決裂し、先に仮処分申請をしていた一般職員である分会員一四名のうち一三名についてのみ和解が成立し、これらの者には数日後に一時金が支給された(同時に申請していた他の一名については、支部を脱退したため、中途で、仮処分申請は取り下げられている。)。

ケ 八月九日、分会員であるパートタイマー等五名は、横浜地方裁判所川崎支部に対し、一時金の支払を求める仮処分の申請をした(事件番号昭和五九年(ヨ)第二〇〇号)。

コ 八月一四日、社団から分会あてに前記クで認定した申立ての取下げについての「口頭約束」も不要である旨が通知された。

サ 八月六日の第四回団体交渉において社団が回答した次の協定内容により、八月一六日、一時金交渉は妥結し、調印が行われ、分会員のうち未支給であつた一五名へは数日後支給された。

「協定書

昭和五九年六月一日付夏期一時金要求事項について、社団と組合は合意に達したので下記の通り協定する。

1 医師、管理職及びパートタイマー、臨時職員を除く一般職員(但し横浜地方裁判所川崎支部昭和五九年(ヨ)第一六九号事件につき、昭和五九年八月七日成立した和解により支給済みの者を除く。)

(1) 支給率   (昭和59年度基本給+同業務手当)×2.3か月×出勤率

(2) 出勤率   算定期間内実出勤日数(休日出勤を除く)/算定期間内所定就業日数(144日)

但し遅刻、早退、私用外出等は三回で欠勤一日、土曜日の欠勤も一日とする。

(3) 算定期間  自昭和五八年一一月一六日

至昭和五九年五月一五日

(4) 支給対象者 支給日現在在籍者

(5) 成績査定  成績査定は行うことを原則とするが、今回は出勤率以外の査定は行わない。

(6) 支給予定日及び支給方法

妥結調印後一四日以内とし、支給方法は銀行振込とする。

2 パートタイマー、臨時職員

社団において、別途決定する。(なお組合員であることを理由に、既に支給済のパートタイマー、臨時職員の支給基準と差別することはない。)

以上

昭和五九年八月一六日

医療法人社団亮正会

理事長 加藤信夫

川崎地域労働組合高津中央病院支部

委員長 大渕百合子」

4 本件救済申立てに係る「請求する救済内容の変更」と社団の調査、審問への不出頭

(1) 一時金の協定成立後、申立人らは準備書面により、本件申立てに係る「請求する救済内容」を、〈1〉分会員への一時金の支給が非組合員への支給に比し遅延した昭和五九年七月七日以降の期間についての年六分の割合による金員の支払〈2〉一時金交渉において、(ア)分会要求に対して回答を拒否する(イ)団体交渉権を否認する(ウ)社団の別途決定に分会が応じないこと及び(エ)地労委への本件申立てを取り下げないこと等を理由に、分会員に一時金を支給しないなどの手段を使つて、分会員を動揺させ、分会の弱体化を図り、もつて組合の運営に支配介入してはならないこと並びに〈3〉〈1〉及び〈2〉の趣旨を内容とする謝罪文の掲示に変更した。

(2) 社団は、この変更について、昭和五九年八月二二日から同年一〇月二二日までの間に、当委員会へ四回にわたり上申書を提出し、本件申立ての救済利益は消滅していること、申立て内容の変更は「変更権の乱用」であり、かつ「労使間の信義則に反する」などと主張し、却下または当委員会の取下げ方指導を求め、これに対する当委員会の措置がなされないことなどを理由に、昭和五九年九月二八日の第三回調査以後の本件審査期日に出頭せず、また最後陳述書は提出せず「上申書(最終)」と題する書面を提出している。

第2判断及び法律上の根拠

1 社団の却下の主張について

被申立人は、本件一時金問題は既に協定成立により全面解決し、申立てに係る救済利益は消滅しているのであり、申立人らによる「請求する救済の内容」の変更も、右解決をみた後になされたもので、「申立権ないし制度の乱用」に当たり、また労使間の信義則にも反するので却下されるべきであると主張する。

昭和五九年八月二四日付けでなされた申立人の申立て内容の変更は、要約すれば、一時金交渉における社団の不当な対応により、その支給が遅れさせられたことを社団の不当労働行為として申し立てたものである。

確かに、本件一時金問題それ自体は、労使間の話合いで協定に達し、これに基づく一時金の支払がなされて解決をみているのであるが、申立人が当初から一時金の支払と併せて請求していた諸事項は、前記協定によつて全面解決をみたわけではないから、申立人においてこれを取り下げない以上、当委員会への申立て事項として消滅したとは認められない。その経過をみても、前記3の(2)のクで認定したとおり、前記の協定締結に際し、社団が本件申立ての全面取下げを分会に要求したのに対し、分会がこれを拒否していることは明らかである。また、分会が社団のこの要求に応じなかつたのは、後記のように、社団が申立人らの分会員を差別して、その組織の弱体化を意図してきたというところにあることを考慮すると、一時金協定成立によつて、申立人の本件の請求内容がすべて消滅したと解することはできない。このことから、これを「申立権ないし制度の乱用」ということはできないし、社団も前記協定の締結に際して、この交渉経過を十分承知のうえで自ら全面解決を断念したのであるから、申立人のみの「信義則違反」を主張することも失当である。よつて、本件申立ての却下を求める社団の主張は採用できない。

2 一時金交渉とその支給をめぐる社団の態度、措置について

本件一時金問題について、分会が昭和五九年六月一日、社団に要求書を提出してから同年八月一六日に労使間に協定が成立し分会員に一時金が支給されるまでの間における社団の対応について、申立人はこれを不当労働行為と主張し、被申立人はこれを争いその正当性を主張するので、以下判断する。

(1) 社団のパートタイマー等に関する交渉態度について

申立人らは分会に対する社団の六月一二日及び六月二五日の回答は、パートタイマー等について一時金支給を明らかにしておらず、そして社団がこれを明らかにするようにとの分会の要求に応えず、また、一時金問題の難航に対応して、分会が基準の明示されている一般職員についてのみの妥結を申し入れたのに対し、パートタイマー等に関しての要求部分を取り下げることを妥結の条件とする対案を提示することによつて、一時金交渉を遅延させたことは、団体交渉の不当拒否であるばかりでなく、分会の弱体化を企図した支配介入であると主張する。

これに対して社団は、六月一二日及び六月二五日の回答はパートタイマー等の雇用契約の個別性からして、労使交渉としては十分であり、団体交渉を拒否したことにはならない。一般職員についての明示の条件も、パートタイマー等に関する部分と一体のものであり、分離妥結では一時金問題の最終的解決も遅れることになることから応じられない。更に、分離妥結に関する社団の対案の趣旨も単に分会は一括要求を取り下げるというだけのものであり、分会がこれに同意できない理由はない。また分会員に対する一時金の支給が遅延したのは、交渉未妥結の結果にすぎず、社団が分会員を不利益扱いしたり、分会の弱体化を企図したことにはならないと反論する。

社団が分会の要求に対してなした前記回答は、内容的にみて、分会の組合員であるパートタイマー等の一時金に関しては、専ら社団が決定する事項であるといつているだけで、何ら具体的支給基準を説明していないばかりか、話合いの対象にもしようとしないのであるから、社団として、分会との団体交渉に誠意を尽したとはいい難く、結局「正当な理由なく」団体交渉を拒否したものと認めざるを得ない。

このような社団の対応は、不誠実な団体交渉態度として、それ自体、労働組合法第七条第二号の不当労働行為に該当するとともに、社団自らがそれによつて分会がとうてい妥結し得ないような状況を作り出し、一時金の支給を遅れさせたものとして、後記(2)の社団の措置とも相まつて申立人らの弱体化を意図してなされた同法第七条第三号にも該当する社団の不当労働行為といわざるを得ない。

(2) 社団の「同意書」配布及び非組合員への一時金の支給について

申立人らは、社団が六月二七日、分会執行委員ら一部の分会員を除く全従業員に同意書を配布し、それをもととして七月六日に非組合員に一時金を支給したことは、分会員を不利益扱いし、申立人らの弱体化を企図したものであると主張する。

これに対して社団は、例年どおりの時期に非組合員へ一時金を支給するため、分会員であることが明らかである者を除く全従業員へ同意書を配布したものであり、これは社団の再三の求めにも拘らず、分会が組合員名簿を提出しないところから、やむを得ずとつた措置であると主張する。

社団が、例年六月を従業員に対する「夏期賞与」支給の目処としてきたとしても、社団内唯一の組合組織である分会との間で、一時金交渉が行われ、そしてそれが難航しているこの時期に、あえて非組合員についてのみ先にこれを支給することは、組合の団体交渉権を軽視するものというべきである。のみならず社団が、一方で分会の要求に対して前記(1)のように十分に誠意ある対応をしないことにより、不当に一時金交渉を遅延させている間に、一部の分会員が含まれていることを知悉しながら分会執行委員らを除く全従業員に「同意書」を配布し、これをもとに非組合員に対してのみの一時金の支給を強行したものであることが認められる。このような行為に出た社団の意図は、「同意書」をとることを通じて、社団の主張を受け入れる非組合員に先に一時金を支給することによつて、分会に圧力をかけ、分会員を差別的に取り扱つて不利益を与え、もつて分会員の動揺を誘い組合の弱体化を図ろうとしたものであり、その措置は労働組合法第七条第一号及び第三号に該当する不当労働行為と認めざるを得ない。

3 総括及び救済方法

以上に述べたように、本件一時金交渉は結局、昭和五九年八月一六日に協定が締結され、その数日後に分会員に対して非組合員と同率の一時金が支給され解決に至つているが、この妥結に至るまでの前記第1の3のとおりの交渉の過程をみれば、社団の分会員に対する対応は、使用者として誠意ある交渉態度とは認め難いものであるばかりでなく、「同意書」を配布しそれをもとに非組合員のみに一時金を支給して分会員を差別的に取り扱い、それによつて申立人ら分会の弱体化を企図した一連の支配介入であると認めざるを得ない。社団のかかる態度及び措置がなかつたならば、本件一時金交渉はもつと早い時期において妥結したものと考えられ、この交渉及び一時金支給の遅延につき、社団側は責任を負うといわねばならない。

よつて、当委員会は、本件における差別行為に対する救済措置として、他の救済措置(主文2、3)と併せ、少くとも、非組合員に対し、一時金が支給された時点から非組合員との間に分会員に対する差別行為があつたものとして、各分会員につき、命令主文1のとおり損害金を支払わせることをもつて妥当な措置と考える。

よつて、当委員会は労働組合法第二七条及び労働委員会規則第四三条の規定を適用し、主文のとおり、命令する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例